みちくさ探訪・白樺湖編
旅のはじまり
探検家・星野道夫は、自然と人との関わりについてこんな言葉を残している。
「人間にとって、ふたつの大切な自然がある。ひとつは、日々の暮らしの中にある身近な自然。もうひとつは、日常とはかけ離れた、悠久の自然。」
この旅に出る前に偶然に出会ったこの言葉は、自然の中で過ごす上での大きな指針となり、深く考えるきっかけとなった。
向かうのは、SANU 2nd Homeの“はじまりの地”——白樺湖1st。
湖のほとり、歩いてすぐの場所に佇む「SANU CABIN BEE」に、妻と2歳の息子とともに宿泊する。
旅の当日。上信越道の佐久インターチェンジから高速道路を降りて白樺湖方面へ。
信州・佐久市は2025年3月に「オーガニックビレッジ」を宣言した日本有数の有機農業が盛んなエリア。食材の調達やランチでおすすめのスポットに立ち寄りながら、宿泊先を目指す。
地元の恵みを探しにみちくさ
まず立ち寄ったのが、農産物直売と日用品をあつかう「ケケケ商店」。
ならべられた野菜や山菜からは、そのときどきの季節が感じられる。SANU 2nd Homeにはキッチンが完備されているので、今夜は手ごねハンバーグを作ることにして、食材や調味料を手に入れた。
ランチは佐久市・望月の名店「YUSHI CAFE」へ。
2005年にオープンしたカフェで、平日、休日問わず観光客から地元客、若い方から年配の方までいろいろな世代の人が行き交う望月の交差点のような場所だ。店内では地元望月産の小麦や果物を使った焼き菓子やパンが自家焙煎のコーヒーとともに味わえる。
ここでのおすすめはなんといってもパンとスープ、コーヒーのセット。
地元産の新鮮な野菜をふんだんに使ったスープはカラダもココロもほっと一息つけさせてくれることだろう。広めのソファー席やテラス席があるので、子連れでものんびりと過ごすことができる。
YUSHI CAFEから白樺湖1stまでは40分ほど。左右に広がるのどかな田園風景の中、標高を上げて走っていると、あるポイントから白樺の群生が現れる。このあたりから空気が一変して、いよいよ日常から離れたところまで来たのだ、と実感する。やがて大きな湖が見えてきたら白樺湖だ。白樺湖が見えれば滞在地はすぐそこ。
チェックイン
キャビンのドアを開けると、目の前に広がるのは自分たちの背丈を優に越す大きなガラス窓とその奥に広がる白樺湖の景色。
さぁ、ここでどんな時間を過ごそう。
夕食の準備
早速、妻とふたりで夕飯の下ごしらえをはじめる。
妻がハンバーグのタネとなるみじん切りの玉ねぎを炒めるかたわら、僕は「ケケケ商店」で調達した佐久産のお米を研ぐ。ふたりでキッチンに並んで料理をするなんて、いつぶりだろうと微笑ましく思い返してみる時間も、この場があってこそだろう。
あらかた仕込みが終わったあとは、息子と周辺を散策。
キャビンから道なき道を湖畔に向けて歩いていくとそこには遊歩道が整備されていて、走りまわりたい盛りの小さな子どもがエネルギーを発散するにはちょうど良い自然が広がる。
キャビンに戻ると妻がバンバーグのタネをスタンバイしてくれていた。我先にと息子がすばやく手に油をつけ、いざ3人並んで念願のハンバーグ作りがスタートする。
妻と「いつか3人でキッチンに立ちたいね」と話していたことがこうも早く、そしてSANU 2nd Homeで実現できたことがなんだか嬉しかった。
夜ごはんの時間
3人でそろってジュースをグラスに注ぎ、いざ乾杯。
はじめて息子と作ったハンバーグは、こうして文字にすることも憚れるくらいこころに残る味わいとなった。この場所、このとき、この3人で食べたハンバーグは自分の人生の中で特別なものとしてページに刻まれることは間違いないはずなのだから。
夜ごはんのメニュー
子どもと一緒にこねたハンバーグ
地元の野菜を使ったサラダ
佐久産のお米で炊いたご飯
乾杯用に南信州産のジュース
朝のひとり時間
お腹が満たされれば、眠気がやってくる。いつもとは違う空間に気がおさまらず眠れないかと思ったのも杞憂におわり、気がつけば次の日の早朝、大きな窓から差しこむ光と鳥たちの声で目覚めた。
普段の生活でも鳥の声を聞かないわけではない。しかし、驚きなのがその声の近さだ。これがリゾートホテルだったらそうはいかない。大自然のど真ん中に位置するSANU 2nd Homeならではの感覚ではないだろうか。
まだ眠る家族を起こさぬようにと、家から持参した双眼鏡を片手に昨日の遊歩道へ。
目をとじれば小鳥の声と木々の囁きだけがそこにあり、自分と自然がまるでひとつになっていくような感覚を覚える。こんな朝の静寂とバードウォッチングは、これ以上ないここだけの体験だろう。
感覚の中の風景を味わっていると、かなりのときが過ぎていたようで、キャビンのバルコニー越しに妻と寝ぼけまなこの息子が動き出しているのが見えた。
湧き水スポットへ
昨夜息子と「明日の朝は、湧き水を汲みに行こう」と約束していたので、3人で車に乗り込み、地元の湧水スポット「八臣の雫」へ。勢いよく流れ出る湧水はボトルを近づければ一瞬で満タンになってしまうほど。
朝ごはんの時間
キャビンにもどり、朝食の準備。
「ケケケ商店」で買った平飼い卵を使って妻がスクランブルエッグを作るあいだ、私は湧き水を沸かしてコーヒーを淹れる準備を。
「YUSHI CAFE」で手に入れた浅煎り豆を挽いてドリップし、食パンも同じく望月の天然水湯種を使った「the OK bread & pizza」のものを用意した。
この朝食一つとっても自然の巡りの環の中に自分たちが入らせてもらっている感覚を食材の味わいを通して感じることができた。
朝ごはんのメニュー
平飼い卵のスクランブルエッグ
ソーセージ
昨日の夜ごはんの残りのキャロットラペ
サラダ
「YUSHI CAFE」で購入した食パンとコーヒー
ほか、粒マスタード、ジャム、ハチミツもすべて昨日立ち寄ったお店で購入
リラックスと焚き火
SANU CABIN BEEは新鮮さと居心地の良さが同居した不思議な空間だ。それゆえに、なにか理由を見つけないとキャビンの外に出る機会を失ってしまうかもしれない。その意味では、冬のお籠もりシーズンもピッタリではないだろうか。想像しただけでも贅沢な時間になることは間違いなさそうだ。朝食で満腹になった体でベッドに横になり、大きな窓越しに流れる雲を見ながらそんなことを思うのだった。
そんな親父の様子を見かねてか、息子に「お父さん、焚き火するって言ってたじゃん!」と促されたので、重たい体を起こして、薪や着火剤を持ってキャビンの外に併設された焚き火台に向かう。
焚き火は初体験だったが、焚き火セットのバケツの中には親切に焚き火の手順がイラスト付きで記載されていたので、そこに書いてある通りに進めていくと簡単に火が薪に燃え移り、立派な焚き火となった。
息子もはじめて間近で見る火に少し戸惑っていたが、すぐに切り株に腰かけ、親子3人で火を囲んだ。
家族としてのエモーショナルな時間を過ごせるかと思ったのも束の間、風下にいた息子に焚き火の煙がモクモクと広がり、もう焚き火はいいやとあっけらかんと双眼鏡で鳥を観察しながら、キャビンに戻っていってしまった。
親の心子知らずとは言い得て妙、結局ひとりで火を守り、キャビンから出した薪をすべて焚べた。
焚き火を囲む家族団らんの時間は一瞬のうちに過ぎ去ってしまったけれど、ひとりで湖畔と焚き火を眺める時間、そして現代人にとっての非日常な焚き火の体験は、できなかったことができるという、大人になると得難い、ちょっとした自信になる経験と時間になったのだ。
白樺湖のアクティビティ
そこに湖があればそれを活かしたアクティビティをしない訳にはいかない。天気が良ければボートに乗りたいねと妻とも事前に話をしていたから、この日は絶好のボート日和という訳だ。
ボート乗り場に近づくとスワンボートがたくさん停泊している光景に息子も大喜び。大人だけであればカヌーやカヤックの選択肢もありだが、小さい子どもがいれば足漕ぎのスワンボートをお勧めしたい。もちろん漕ぐのは大人たち、そして子どもにはハンドルを握らせてボートの上では船長になってもらおう。
「船長さん、面舵いっぱいでお願いしまーす!」「はーい!」の掛け声の下、ごっこ遊びをしながら湖面に出てみると、思いの外、風の影響をもろに受けることを感じるはずだ。
追い風は楽だけれど、向かい風は必死に漕がないと進まない。そんな自然からの見えない力を感じるにはやっぱり、湖面に浮かぶしかほかはない。
30分の乗船時間は思っていたよりもあっという間に過ぎ去り、船長としての役割を全うしたからなのか「楽しかったね!」と息子の輝く瞳の奥に少し自信めいたものを感じることができたのも、親としてなんだか嬉しい瞬間だった。
チェックアウト
湖面に揺られる気持ちの良い感覚と程よい足の疲労感を抱えながら、SANU 2nd Homeでの滞在の締めに入る。ここは自分のセカンドホームであるだけでなく、だれかのセカンドホームであることも忘れてはならない。
使った食器は丁寧に洗い、拭き取り、元の場所へ。そして最後は自分たちが出したゴミは自分たちで片付ける。そんなことをぶつぶつ呟いていると、最後は息子が率先してゴミ出しをしてくれた。
子どもたちが大人になった時に、こうしたことをみんなが当たり前の考えとして持っていてほしいと思っている。それはこうした宿泊施設に限ったことではなく、それらを取り巻く自然や環境、はたまた他人や物に対してもだ。SANU 2nd Homeに滞在するという中での体験がそんな未来への橋渡しになれば、それ以上のことはないのではないだろうか。
高原の牧場へ
キャビンを後にして、ランチをするために同じ白樺高原エリアに位置する「長門牧場」に向かった。標高1400mにある酪農から加工品の製造・販売などを手掛けている農場で、周囲に遮るものがなく、近くの蓼科山はもちろんのこと、遠くは北アルプスまで眺望でき、牧場の芝生の先の大パノラマは、天空のレストランとも形容したくなるほど。
ここで提供しているオリジナルのヨーグルトや地元産の林檎ジュース、牧場の牛乳をアクセントにしたハヤシライスやチーズをふんだんに使ったピザなどでお腹もこころも満たされる。
そして「長門牧場」に来たら絶対に外せないのが、名物にもなっているソフトクリームだ。牧場でしか出せない濃厚でミルキーな味は子どもも大人も満足できるものになっている。ソフトクリームの甘味そして旅の心地良い疲れのせいか、帰路の車中、息子は夢の世界に誘われていったのだった。
みちくさスポット
長門牧場レストハウス
観光専門ではない本物の酪農場にあるレストハウス。自家製乳製品を使用したソフトクリームやピザが味わえるほか、乳製品の購入もできる。
📍 Googleマップ
旅のふりかえり
SANU 2nd Homeに滞在してから数日が経過した。
不思議なことに、滞在しているときよりも帰ってきてからの方がSANU 2nd Homeを感じている。もしかするとほかの施設の滞在と異なり、家族以外が施設内に介在しないという“もう一つの家”だったことが、そこで起こった出来事や体験をよりパーソナルなものへと変えていってくれているのかもしれない。それとも取り巻く環境や自然がそうさせてくれたのか。
冒頭の星野道夫の言葉を借りれば、自分にとって白樺湖は「悠久の自然」に当たるものだった。けれど今回のSANU 2nd Homeでの滞在で、今までは少し手の届かなかった自然へアクセスできる機会が生まれ、それが「暮らしの中で関わる自然」へと変化してきたのだ。
こうした小さな変化の実感が次の旅の期待感に繋がっているのかもしれない。次回のSANU 2nd Homeの滞在は、私たちにどんな自然を見せてくれるのだろうか。
text & photo:
岩井 謙介(いわい・けんすけ)|東京都出身。2021年に長野・上田へ移住。「スローリビングの探求」「自然との調和」「ケアのある暮らし」をテーマに夫婦で営むショップ『面影 book&craft』の店主。共感やご縁を軸に、国内外のデザインプロダクトや本をセレクトしている。店舗運営の傍ら、編集者としても活動。先祖から受け継いだ計1000平米の畑では、耕さず・農薬も肥料も使わない「自然農」に取り組み、四季のうつろいに寄り添う暮らしを実践中。