山と人の関係をつなぎなおす。SANU Regenerative Club vol.1 イベントレポート
「SANUが広がるほど、自然が豊かになる」
壮大な目標を掲げ、SANUはたしかに着々と広がってきました。
「しかし、自然は豊かになっているのだろうか?」
素朴な問いから、SANU Regenerative Club ははじまりました。
「リジェネラティブ」とは、サステナブルを超え、より良い環境を生み出すこと。その思想を体現する方をゲストに招き、彼らの知恵と視点を学ぶプログラムSANU Regenerative Club。
第一弾イベントとなる「Trail Maintenance|火を囲み、山を歩き、道を繋ぐ」では、登山家で登山道整備の活動をする花谷泰広さんを迎え、泊まりがけで山に登り実際に整備作業を体験しました。
山、自然への向き合い方、考え方が変わった2日間。プログラムの詳細をレポートします。
開催日時:2025年5月17日~18日
開催場所:SANU 2nd Home 南アルプス1st・日向山
ナビゲーター:花谷泰広(北杜山守隊代表理事)
目次
1. かつて山の道は生活に続いていた
2. そもそも道はなぜ崩れるのか
3. 道を山に還すとは
4. 花谷さんにとってリジェネラティブとは?
かつて山の道は生活に続いていた
1日目の会場は、SANU 2nd Home 南アルプス1st。チェックインをすませた10名の参加者が集まり、花谷さんによる講義からイベントがはじまりました。
「明日整備する日向山には、もともと道はありませんでした。では、なぜ道ができたのか。はじまりは信仰のため、そして木材や薪といった生活に欠かせない資源を得るためでした。かつて人の生活は山と地続きだったのです」
「やがて生活様式の変化とともに人々は山から離れ、現在はレジャーとしての登山が主流となる一方、保全の担い手をつとめていた地元の山岳会が高齢化して活動を終えるなど、整備の手が追いついていない現実があります。これを放置すれば、道が深くえぐれ、雨が流れ、やがて土砂災害につながります」
花谷さんが山小屋の運営を通じて課題の深刻さを実感して、北杜山守隊を立ち上げたのは、いまから4年前のこと。それ以来、登山道整備をボランティアではなく、有料のワークショップという形で設計し、持続可能な活動として継続してきました。これまでに開催されたワークショップは約30回、延べ300人が参加する人気のアクティビティへと発展しています。
「このエリアの山は、静岡県の駿河湾まで続く大きな流域の上流にあります。つまり、この山が荒れると、その先の川や海、そこで暮らす人々の生活にまで影響が出てしまう。その責任感もありますが、なにより僕自身初めて登山道整備を体験したときに、純粋に楽しかったんです。山との距離が近付くこの感覚を、もっと多くの人に広げていきたいと思っています」
講義後は、焚き火を囲むリラックスした時間。チーズやマシュマロをほおばりながら、花谷さんのヒマラヤ登山、最近増えている鹿のこと、日々の暮らしなど山と人にまつわる多様なテーマを自由に語りあいました。笑顔が絶えない和やかな雰囲気のなか、次第に夜がふけていきました。
そもそも道はなぜ崩れるのか
2日目の朝9時。日向山を登りながら、参加者は「歩く」という行為の意味をあらためて観察していきます。山頂を目指すのではなく、通常の3倍以上の時間をかけてゆっくりと歩みを進めました。
「ちょうど昨日雨が降ったこともあり、地面に水の通り道ができているのがわかりますか? 道は踏み固められ、水の通り道となり、徐々に土を削っていく。えぐれた場所を避けて登ると、さらに周囲に道が広がっていく。そこに雨が流れ、やがて崩れていくのです」
昨夜の講義で学んだ実態を目の当たりにして、全身で状況を理解していきます。
道を山に還すとは
「ここにしましょうか」
花谷さんの声で一同は立ち止まりました。広がった道の中央に木が1本取り残されていて、根が露出しています。
「このままでは、この木は枯れてしまうかもしれません。登山者によって土が踏み固められ、雨が流れることで根が傷みます。そこで、登る範囲を限定し、この木を山に還していきたいと思います」
整備方針が共有されたあと、どう整えるかは参加者の手に委ねられました。
人間にとって歩きやすい道を考えるだけでなく、木を守るにはどうすればいいか、雨の勢いをどう和らげるか、植生を回復させるにはなにが必要か──感覚をひらき、自然と対話するように、参加者全員で慎重に整備方法を検討していきます。
整備方法が決まり、いよいよ作業開始。北杜山守隊で技術リーダーを務める山部さんと土屋さんから、その場にある材料を活用する考え方を学びながら倒木や枝を集め、土砂を運び、段をつくるなど、参加者それぞれの体力にあわせた多様な作業を分担しました。
「すごい!どこにそんな大きな枝あったんですか」
「最初からそこにあったみたいに馴染んでますね!」
楽しみながら作業を続けること2時間で、新たな登山道が完成。
木の根が張るエリアを山に還すよう設計して、雨の流れを抑えながらも、登山者にとっても自然で登りやすいルートとなる道をつくり上げました。
下山してから、参加者ひとりひとりが2日間を振り返り、気づきや学びをシェア。
「山を見る目が変わったし、力を合わせて作業するのが楽しかった」
「これからも整備活動に関わっていきたい」
「人も自然の一部として、プラスの影響を与えられる可能性を実感した」
通常の登山とは一味違う、やわらかな達成感に包まれながらイベントは幕を閉じました。
花谷さんにとってリジェネラティブとは?
「山を豊かにするには人が入らない方がいいのでは? と思ったこともありました。」
「しかし、日本の多くを占める里山は人が手を入れてこそ豊かさを保ってきた歴史があります。重要なのは利用と保全のバランスで、不足している保全活動そのものを、新しい山の楽しみ方として広げていきたい。山に訪れる人が増えるほど、山が豊かになっていく。それが、私にとってのリジェネラティブです」
その眼差しには、希望が宿っていました。
「SANUが広がるほど、自然が豊かになる。」
まずは自然をよく観察して、みずみずしい発見を楽しむことから。そして、過去に学び、未来を想い、前向きに行動する輪を少しずつ広げていく。SANU Regenerative Clubの活動は、まだ始まったばかりです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今後のSANU Regenerative Clubのイベント情報は、以下よりご覧いただけます。自然の中で、みなさんとお会いできる日を楽しみにしています。
vol.3 Biome Quest|大きな自然にひそむ小さな不思議
今回多大なるご協力をいただいた、北杜山守隊の活動についてはこちらをご覧ください。
Text : Sumito Ueno(Sanu)
Photo,Video : Ayato Ozawa(Sanu)